Synopsis
あらすじ
ある盲学校では、生徒たちが穏やかな日々を送っている。彼らは目が見えないことを不幸とは考えず、学び、遊び、恋をしながら、互いに支え合って暮らしている。学校には明るく自由な空気が満ち、生徒たちは自分たちの生活に満足していた。
そこへ、新たな生徒イグナシオがやって来る。彼は白杖を手放そうとせず、目が見えないことへの苦しみや、光を見ることへの強い願望を隠そうとしない。周囲の生徒たちが当然のように受け入れてきた生活にも疑問を投げかけ、彼らの幸福を理解しようとはしなかった。
当初は異質な存在として戸惑いをもって迎えられたイグナシオだったが、彼の言葉や振る舞いは、次第に生徒たちの心に変化をもたらしていく。これまで意識することのなかった不安や欲望が表面化し、穏やかだった人間関係にも亀裂が生じ始める。
やがて、学校の中心的存在であるカルロスとイグナシオの対立は深まり、二人の衝突は周囲の生徒たちをも巻き込んでいく。
01 — The Playwright
アントニオ・ブエロ・バリェホについて
アントニオ・ブエロ・バリェホ(Antonio Buero Vallejo, 1916–2000)は、スペイン内戦以後のスペイン演劇を代表する劇作家であり、いわゆる「36年世代」に属する最重要の作家の一人と評価されている。彼の作品は、フランコ体制下の厳しい検閲のもとで、社会批判と実存的テーマを象徴表現によって緊密に結合させた点に大きな特徴がある。
生涯の概要
バリェホは1916年にカスティーリャ地方グアダラハラで生まれ、若い頃から美術と文学に親しみ、当初は画家志望でマドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに学んだ。スペイン内戦が勃発すると共和派側に付き、共産党の活動にも関わったため、戦後は「反乱への参加」の罪で死刑判決を受け、のちに減刑されて約6年に及ぶ獄中生活を送ることになる。
1946年に仮釈放されるとマドリード近郊に身を寄せ、雑誌への挿絵などを描きながら、本格的に戯曲執筆へと軸足を移した。1947〜48年頃に執筆した『ある階段の物語(Historia de una escalera)』で1949年ロペ・デ・ベガ賞を受賞し、一躍新しいスペイン演劇を切り開く存在として注目を集める。
その後も『燃ゆる暗闇にて(En la ardiente oscuridad)』『今日は祭日(Hoy es fiesta)』『夜明け(Madrugada)』『ラス・メニーナス(Las Meninas)』『明かり取り(El tragaluz)』『財団(La fundación)』などの重要作を次々に発表し、1950年代には国立演劇賞を複数回受賞する。1971年には王立スペイン学士院会員に選出され、1986年にはスペイン語圏最高の文学賞とされるセルバンテス賞を受賞するなど、生前から国民的作家として位置づけられていた。
フランコ独裁下で多くの作家が亡命を選ぶなか、バリェホはスペインに留まり続け、直接的な政権批判ではなく象徴や暗示を駆使することで検閲をくぐり抜けた「内部抵抗」の作家とみなされる。晩年まで創作を続け、1999年にはほぼ最後の戯曲『Misión al pueblo desierto(荒れ果てた村への使命)』を発表し、2000年マドリードで死去した。
02 — The Play
『燃ゆる暗闇にて』について
『燃ゆる暗闇にて(En la ardiente oscuridad)』についての批評史は、大づかみに言うと次のような流れで整理できる。
- ①初演期:技巧的・象徴的な「良質の心理劇」として高評価
- ②フランコ体制末期〜移行期:象徴的社会批判としての政治性が強調
- ③民主化以後〜現在:記憶・トラウマ・抑圧社会のメタファーとして再読
以下では、時期ごとに批評的な評価のポイントをまとめる。
1950s
初演期 ― 心理劇・象徴劇としての高評価
- 1950年のマリア・ゲレロ劇場初演では、「盲人学校」という限定された空間での緊張感ある対話劇として、舞台的完成度と役者の演技を称える評が多く、商業的にもロングランとなった。
- 当時の新聞・雑誌批評は、まず「新しいスペイン悲劇」の登場として受け止め、盲目の設定を実存的・心理的葛藤の象徴(幸福への執着と破壊衝動の対立)として読む傾向が主流だった。政治的含意には触れても、ごく慎重か間接的な言及にとどまるのが一般的であった。
1960s–70s
フランコ体制末期〜民主化前後 ― 政治的寓意の強調
- 同時代の前衛的批評家や左派知識人の間では、盲目=体制下の「見えない/見ようとしない」市民という読みが広まり、作品を体制批判の寓意劇として評価する論が増えた。
- 一方で、より急進的な批評家・劇作家の側からは、「検閲をすり抜けるために象徴に逃げた妥協」と見る視点も現れ、バリェホ劇全般に対する懐疑的なトーンと対比されるかたちで語られることもあった。作品自体は高く評価しつつ、その「戦略」をめぐって議論されたと言える。
1980s–90s
民主化以後 ― 「戦後スペインのメタファー」としての再評価
- フランコ体制崩壊後は、検閲の制約がなくなったことで、批評はより自由に作品の政治性に踏み込み、「盲人学校=独裁体制下のスペイン社会」「共同体の幸福イデオロギー=体制の正当化装置」といった読みがほぼ前提となった。
- 同時に、「悲劇的希望」というバリェホ特有の姿勢――真実を見ようとする行為自体が希望である、という構図――を、本作の中心的な意義とする読みが定着し、スペイン戦後演劇の典型として教科書的に扱われるようになる。
21st c.
21世紀以後 ― 記憶・トラウマ研究との接続
- 現代の演劇研究・文化研究では、『燃ゆる暗闇にて』は「トラウマ的現実を見ないことを選ぶ共同体」と「それに抗う少数者」のドラマとして、記憶政治・移行期正義(過去の清算)の観点から再読されている。
- また、観客が暗闇を体験する舞台技法や、観客だけが「見えている/知っている」情報の扱いに注目するパフォーマンス論的な研究も増え、単なる社会批判劇ではなく「認識と知覚を問うメタ演劇」として評価が拡張されている。